「分祀」とは何か?

2005/06/13 20:02


 特に政治・行政に対してはいろんな見方、評価の仕方があります。歴史を経ないとわからないことも多いでしょう。「小泉政治」についても、もちろん「功」も「罪」もあり、もし一面的な評価しかしない人がいるとするならその人は「政治家」かも知れません(笑)。そのうえで、小泉さんが総理大臣になってから、いや、なった頃から、政治だけでなく、経済、教育、文化などの各分野で「基本・本質的なことがあまり議論されなくなったなぁー」と吉田康人は感じています。
 大阪弁流に言うと、「そもそも、どやねん?」という原理原則論が軽んじられているように思います。「国民の多くがそう考えとったらそれでエエやん」みたいな。おっしゃるとおり最終最後は国民全体で判断するわけですが、しかし、国民が判断を誤らないように情報を正しく伝えるのも政治家の役割でしょう?。国民の顔色を見るのが得意な政治家は増えましたが(笑)、しっかり勉強し、かつ、自分の頭と心でしっかり温めたうえで物事の本質を語れる政治家はどんどん少なくなってきているような気がします。
 最近では、「靖国神社におけるA級戦犯の分祀」問題が象徴的です。「参拝の是非」や「新しい追悼施設の是非」は別の機会に述べさせていただくとして、そもそも「分祀」とは何でしょうか?。神さま仏さま、あるいは、霊の存在を信じる人々にとっては大変奇妙な議論が今の国会で展開されていると思います。
 そもそも「分祀」とは何でしょうか?。ろうそくに例えると、ろうそくの灯を別のろうそくに「分」けた(移した)ところで元の灯りは消えることなくそのまま燃え続けますよね。少なくとも、「分灯」からイメージすべきはそういう状態ですね。それと同様、「分祀」とは、「分霊」のことで、ある神社のご祭神の御霊を分けていただいて別の神社にお祀りすることです。「分霊」されたからといって元の神社の本霊がなくなってしまうわけではありません。
 だから、靖国神社にお祀りされているどなたの御霊であれそれを「分祀」する(つまり、靖国神社に本霊は残り、お分けしていただいた霊が別の神社へ移る)ことでいったい何が起こるのか、宗教的にはとても理解不能なことなんですが、政治家やジャーナリストのみなさんはどう理解して、そして、何がしたいのでしょうか?。
(参考:平成17年6月9日付「産経新聞」に掲載された国学院大学教授・大原康男先生の論文)
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