鍵山秀三郎さんと「日本の息吹」(3)
2006/01/06 11:47
「日本の息吹」の鍵山秀三郎さんへのこのインタビュー記事、本当はすべてご紹介したいのですがそれは「日本の息吹」をお読みいただくとして(笑。ご必要なかたは吉田康人までご連絡下さいね)、ここでは学校教育における掃除道の実践に関する鍵山さんのお考えの部分のみご紹介します。
吉田康人は以前から「心」と「気持ち」の違いは何か?、言葉としてどう使い分ければ良いか?悩んでいたんですが、鍵山さんの「『心』と『気持ち』は違う」という整理の仕方は素晴らしい!と思いました。以下、抜粋です。
<<・・(前略)・・鍵山 掃除はものを磨くことによって、実は心を磨いているのです。ここで注意を喚起したいのは、「心」と「気持ち」は違うということです。人間はどんな悪人でも、心は清廉な美しいものなんですね。これに比して気持ちは外界の環境によってころころ変化していくものです。ですから心がそのまま気持ちに伝わるならば、気持ちも落ち着いたものになるのですが、残念なことにいま多くの人々が、心と気持ちをつなぐパイプが詰まってしまっているのです。それで快か不快か、好きか嫌いかという目先のことに過剰に反応して人間関係ががさつになってしまっています。ですから気持ちをコントロールする心というものときっちり繋がっていたらいいのです。変わりやすい気持ちというものを心でもってコントロールしていく。その意味で掃除は、そこに没頭することで、気持ちを静め、心とのパイプが通りやすい状態になるのではないかと思います。
いま、本当の意味での「大人」が少ないですね。大人とは年齢のことではなく、自分のことを自分でコントロールできる人が大人なんです。そういう視点に立てば、80歳でも子供はいるし、12歳でも大人はいます。自分のことしか考えない人は子供、自分の持てる力を自分のためにしか使えない人も子供です。自分のことだけでなく、他者のこと、社会、国家のことを考えることのできる人を大人というのです。掃除をすることで、ものやそれを使う人のことを思いやるようになる。掃除は大人への気付きの一歩とも言えると思います。
いつの頃からか、子供の創造性とか個性尊重とかいうことを盛んにいうようになりました。放任しておくことが創造性、個性を伸ばすと。しかし、私からみれば、ただ単なる無秩序を創造性と言っているに過ぎないし、わがままを個性と言っているに過ぎない。個性なんて誰でも生まれたときから持っているわけですし、創造性は人間らしい秩序の上に生まれるものだと思います。
私は偏差値だけで子供の評価を決めることには反対です。もちろん点数も大事だけれども、それと同じくらいに大事なのは、素直で、明るくて思いやりのある、数字には表すことのできない人間性です。不思議なもので、それが身に付いてくると自然に学力も伸びてくるんですね。愛知県に碧南高校という学校があります。大学に進学するクラスと就職するクラスとに分けて進学組は受験に備えた勉強を猛烈にやっている。この学校で就職組のクラスを担当した高野修滋先生は、自分のクラスの生徒に徹底してトイレ掃除や夏の炎天下の草刈をやらせ、そのほかにも施設へのボランティア活動や募金活動をやらせたりしたところ、なんと受験組よりも成績が良くなってしまった。進学組の先生も「一体、どんな指導をしたんだ。秘密を教えろ」と迫るほど、皆びっくりしたのです。・・(後略)・・>>
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