「砂の器」
2007/08/05 17:58
レンタルで邦画「砂の器」(野村芳太郎監督)を見ました。我が国の映画史上に残る傑作の一つですね。吉田康人もこれで恐らく3度目になると思います。1度目は劇場で、2度目はテレビだったかな?、そして、今回が3度目でした。「やすとログ」をご覧のみなさんからは「映画ばっか見てぇ」と思われているかもしれませんが(笑)、それなりに多忙なわけでして(^_^;)、一気には見られず3回ほどに分けて見ました
前々から「どうしてももう一度見たい」と思っていました。劇場で初めて見た時は確か、一番前の席でした。どういう経緯でそうなったかは記憶していませんが、最前列で映画を見たのは後にも先にもこの時だけです(笑)。古いタイプの劇場で最前列というのはスクリーンの半分程度しか視野に収まらず、一生忘れ得ない映画を一生忘れ得ないシチュエーションで見たことになります(笑)。
推理モノはおおよそ、最後まで犯人がわからないから引き込まれていくわけですが、「砂の器」の場合は映画の前半から加藤剛演じる和賀英良が犯人に違いないということがわかってしまいます。それでいてこの映画を何度も見る人が多いのは優しさと残酷さとを兼ね備えた人間性が中心に描かれているからなのでしょう。吉田康人らの世代からすると、丹波哲郎の俳優としての素晴らしさを改めて知ることができる映画でもあります。
インターネット百科事典「ウィキペディア」によると、全国ハンセン氏病患者協議会(現在の「ハンセン病療養所入所者協議会」)は映画の計画段階で製作中止を要請したそうです。それは、ハンセン病の元患者である父とその息子が放浪するシーンやハンセン病の父親の存在を隠蔽するために殺人を犯すという場面について、ハンセン病差別を助長するほか、映画の上映によって「ハンセン病患者は現在でも放浪生活を送らざるをえない惨めな存在」と世間に誤解されるとの懸念からです。
しかし最終的には、話し合いによって、映画のラストに次のような字幕を流すことを条件に上映が決まりました。「ハンセン氏病は、医学の進歩により特効薬もあり、現在では完全に回復し、社会復帰は続いている。それを拒むものは、まだ根強く残っている非科学的な偏見と差別のみであり、戦前に発病した本浦千代吉のような患者は日本中のどこにもいない」。
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