「社会に必要な人」

2007/10/18 14:22


 AED(自動体外式除細動器)の設置が全国的に進められているのはご存じのとおりです。「AEDを設置してもいざという時に使えなければ宝の持ち腐れ」、「費用対効果は?」との批判もある中、ひとりでも多くの市民が使えるよう説明、指導が様々な機会に行われています。

 こうした人の命に関わる研修、指導の場にもその人間性に首を傾げたくなるような指導者がいます。しかも、以下は学校での話です。

 高槻市内の某市立中学校にもAEDが設置されました。あるクラスの授業中、2名の先生によるAEDの使用方法に関する説明が行われたのです。説明の最後に先生がこんな話をしました。「AEDを使う必要のある人が同時に2人、3人倒れていたらどうするか?」。

 その先生は「『社会に必要な人』から助けるのだ」と言ったそうです。さらに、「社会に必要な人」の具体例として、「成績が良い人と悪い人が倒れていたら、良い人から助ける」、「卓球部の選手とサッカー部の選手が倒れていたら、サッカー部から」(この先生はサッカー部の顧問なんだそうです)、「男子と女子が倒れていたら、男子を先に助ける」との説明。さすがにこの話には、生徒らも大変驚いたようです。

 「目くじらを立てんでも」と思うかたもいらっしゃるかもしれません。しかし、一般論として、こういう先生は過去にも恐らく、不適切な言動を行い生徒や保護者の批判を浴びているはず。そして、今後も必ず、不適切な言動を繰り返すでしょう。その流れをここで断ち切っておいたほうが生徒や保護者だけでなくこの先生のためにもなるのです。

 考えてみると、特に大災害の折には、「どちらを助けるのか?」という選択に私達が迫られることは実際起こりうる問題です。いや、そういう場に出くわすことがないにしても、「人間の価値は何で決まるのか?」との極めて哲学的な問答に中学生だけでなく私達大人も常に悩んでいるじゃないですか!。

 「やすとログ」で取り上げるまでもなく、某市立中学校に対する抗議の声は上がっているはずです。某市立中学校も教育委員会もこれが大袈裟なことにならないように必死なのかも。でも、そうじゃないでしょう!。事情をちゃんと聴取して、教育行政に携わる者としての頭でしっかり考えて、そして、「AEDの前で2人の人が倒れていたらどうするのか?」子供達や市民へ教育するのが、税金で食っているあなたたち教育公務員の役割なのです。
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