「改革派」とは何か?

2009/11/11 00:59


 「『改革派』とは何か?」ということを常に悩んでいます。そして、言葉の遊びっぽいのですが、以下に述べる理由で、それを常に考えつづけるのも「改革派」の使命だと思っています(笑)。

 政治・行政の分野では特に、「改革政党」、あるいは、「改革派首長」、「改革派議員」という言葉、文字の躍ることが多いですね。でも、「改革派とは何?」という問いに誰も明確には答えられません。吉田康人はまず、「理想主義でないこと」が改革派の一つの定義になると思っています。もう少しポジティブに言えば、「理想を追いもとめて社会を永遠に変えつづけよう、自分自身を永遠に変えつづけようとすること」、かつ、「その理想をも必要に応じて変えること」。これを目指すのが「改革派」の真髄ではないでしょうか?。

 そういう意味では、自民党にしても、(綱領があるのかどうか存じあげませんが)民主党にしても、共産党にしても、「綱領という理想」の達成を存在意義に掲げている以上、改革政党とは言えないのです。なぜなら、そのような政党は「理想」が達成された瞬間、改革をめざす必要性が論理的にはなくなるからです。世に言う「改革派」の政治家は往々にして無所属、無党派が多いのですが、「改革派」の人々にとって「綱領という理想」に縛られた社会というものが良いものとしてイメージできないからでしょう。逆に、「社会の『理想』すら変わるものだ」という旗のもとには、あるいは、そのような綱領を掲げた政治勢力のもとには、真の「改革派」は結集できるのかもしれません。

 前置きが大変長くなりました(笑)。「9年連続200本安打」という108年ぶりの記録更新を達成した時のイチローのコメントを改めてご紹介したいと思います。記者会見での彼の発言です。

<<・・(前略)・・僕には相反する考え方が共存している。打撃に関して、これという最後の形はない。これでよしという形は絶対にない。でも今の自分の形が最高だ、という形を常につくっている。この矛盾した考え方が共存していることが、僕の大きな助けになっていると感じている。・・(後略)・・>>

 「僕」を「改革派」、「打撃」・「自分」を「社会」と読みかえると政治・行政における「改革派」の気持ちを見事に代弁していると思い感銘を受けました。「矛盾」に永遠に悩みつづけ、しかも、歩みを止めないのが真の「改革派」だと吉田康人は、悩みつづけながらも、今のところ結論づけています。

 あなたなら、「改革派とは何?」という問いにどう答えますか?。
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